分科会:マイノリティと多文化社会

jasc602008-01-17


実行委員紹介

はじめまして。第60回日米学生会議実行委員の呉宣咏(オ・ソンヨン)といいます。現在、早稲田大学国際教養学部3年です。名前ですぐ分かると思いますが、韓国から来た留学生です。日本にきてから2年半、JASCを知ってから1年弱、実行委員として大学の学生会幹部として毎日忙しい日々を送っているんですが、自分はそのイキイキしてる生活が大好きでそこで幸せをたっぷりと感じてます。(Workholicではありませんw)

自己紹介

第60回日米学生会議実行委員会で私は「選考」を担当してます。応募申し込みのメールは私にとってラブレータのようでみる度ワクワクしてますね。多くな数の応募者の中で今年の夏を一緒に過ごす28人を選ぶことっていうのは非常に難しい作業で大変だとは思っているんですが、28人が決って春合宿の時初めて第60回日米学生会議っていうタイトルの下集まった時を想像すると心の奥から頑張らなきゃーとモチベーションが上がってくるんです。 歌って踊ることが好きな私は去年12月に早稲田大学大隈講堂で行われましたミュージカルFAMEにもメイン・キャストで参加してました。舞台の上でみんなと息を一緒にしながら、同じ目標に向けて最善の努力をするっていうことは素敵なことだなぁと改めて思いました。 ミュージカルが大好きなのでJASCにも一緒にみに行ける仲間ができたらいいなと思ってます笑。ミュージカルではキャストとして舞台の上に立ってたんですが、今度は実行委員という立場で第60回日米学生会議という舞台を輝かせてくれる28人の参加者応募がもうすぐ始まるのでキャストとはちょっと違ったドキドキ感がするんです。皆さんのたくさんの応募をお待ちしております〜 <(>_<)//

日米学生会議との出会い

私が日米学生会議を知ったきっかけは他の大学に通っている友達のホームページで同じ学校の仲良い友達の写真を見つかったのが始めだったんです。聞いてみたら二人が第58回日米学生会議の参加者であって私がみた写真は同じ分科会だった二人の春合宿でとった写真でした。それで、日米学生会議のことを知って色んな話を聞かせてもらい、やってみようと思ったんだけど時間が経っていくと共にちょっと忘れ気味だった時、他の用事で行った学部事務所のカウンタで第59回日米学生会議のパンプレットを見つけてそれを持ち帰ったのが実際の日米学生会議との出会いだと言えるんですかね。一次を通って二次試験を向えた頃、学校のWIF(Waseda International Festival)とテストで無理をしてしまい、体を壊してしまって韓国に帰ってたんです。二次試験が近づいてきてるのに、まだ体が完全に回復してなかったので日本に帰って二次試験を受けるかそれとも今度は体を回復させて来年また兆戦してみるかっていうことで悩んでいたが、結果に関わらず二次試験を受けるだけでも自分にとって良い経験になると思ってマスクをしたまま日本に帰ってきて二次試験を受けたんです。二次試験は予想通りもっと頑張らないといけないなっていうモチベーションを上げてくれたし、グループ面接で一緒だった友達が本会議中にも同じ分科会に入っていたのです。今になってその時私が二次試験をあきらめていてたら今どうなったんだろうを考えると、59回の参加者であり、60回の実行委員である今の自分からみるとその時の決定はかなり運命的だったのではーと思っちゃうんですね。はい、そうです。日米学生会議は私の運命であります!


担当分科会

マイノリティと多文化社会

アイヌ民族在日コリアン、ヒスパニックやネイティブアメリカンなど、日米両国の社会には、「マイノリティ」と呼ばれる少数派が存在する。彼らとの共生を実現する上で、政治的地位の問題や経済・教育環境の改善、社会保障政策のあり方など解決されるべき課題は山積している。しかし、そうした政策がマイノリティの社会への単純な同化や強制の足がかりとなってはならない。少数派ゆえ差別や偏見にさらされることの多いマイノリティをいかに保存、継承し、異なるグループ同士の共存を図るべきかという視点も欠かせない。本分科会では、マイノリティに対する日米両国の事例を検討し、多文化社会の建設に向けた新しい共生のあり方を探究したい。

コーディネーター
呉 宣咏、Aya Nakanishi


あやとは59回で同じ分科会に所属していて仲良い友達でもあります。アジアンアメリカンである彼女と留学生である私がチームを組んでマイノリティについて語り合おうとしてます。メディアに現れているマイノリティ研究や実際その方々から聞かせてもらう生声は今までの私達の考えに新たな視点を教えてくれると思います。サラダボウルとも呼ばれているアメリカでマヨネーズで混ざってない材料の一個一個の本当の味を試してみませんか。

担当サイト

第60回日米学生会議の最後のサイトになります。ボストンです。ボストンはファイナルフォーラムと第61回実行委員の選挙が行われる予定なので、60回会議と61回会議をつなげてくれるところなのです。担当サイトがボストンであるため、最後まで緊張を抜けられないというのもあるけど、第60回会議が幕を下ろして会議を終えた達成感と友情深い仲間を得た幸せで溢れている参加者の笑顔をみるまで実行委員として最後の最後まで頑張りたいという思いには最初ボストンの担当になってから今まで変わりはないです。

応募者の皆様へ一言

去年、第59回日米学生会議を振り返ってみると1ヶ月が毎日幸せでありました。もともと人が好きであった自分は毎日71人と共に送る生活がとても楽しかったのです。最初、自分一人だけが留学生であってみんなに同じ参加者として、友達として受け入れてもらえるのかが不安だったのです。しかし、JASCは私が留学生として、韓国人として、とかではなく自分、呉宣咏としていられたと思います。言葉やバッググランウンドはコミュニケートする手段だけであり、必要条件ではないのです。やる気さえあれば何でもできてしまうというところがJASCであります。今年の夏を人生で一番アツイ一ヶ月にしましょう。待ってます。


59回の分科会リーダーだったCaseyと60回マイノリティ分科会リーダーであるあや。
(Casey, 私、あや)